スポンサーリンク

 

今更ですが、松山市の観光名所「萬翠荘」へ行ってきました。松山城の麓に洋館があるの始めて知りました。

松山中心街付近にあるんですが、分かりにくいというか見つけにくい場所なんですよ。

 

DSC04575

 

松山城山の南麓に建つ。1922年(大正11年)に、旧松山藩主の子孫久松定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が別邸として建てた、フランス・ルネッサンス風の洋館で、設計は後に愛媛県庁本館などを手がけた建築家木子七郎。建物を「萬翠荘」と命名したのは、定謨の子で次代当主となった久松定武である[1]。建築面積428.78平方メートル、地下1階、地上2階建て[2]。松山で最も古い鉄筋コンクリート造建築である。屋根は寄棟造、スレートおよび銅板葺き。屋根中央にはマンサード屋根、東南隅には尖塔を設けて外観に変化をもたせる。平面は正面車寄を入って中央が階段のある広間、東側は表がサロン(謁見の間)、裏手が食堂(晩餐の間)となり、西側には執事室、配膳室など内向きの部屋を配する。2階は居間、寝室などの居住スペースとする(現在は第1〜第7展示室)[3]。玄関の床は大理石、玄関ホールの柱は岡山産の万成石(通称紅桜)、正面階段の手すりは継ぎ目の無い南洋チーク材の一本木、各部屋には色の異なる大理石で造られたマントルピース(暖炉)、水晶のシャンデリア、縦4,442ミリメートル×横3,106ミリメートルのステンドグラス等、非常に質の高い造りとなっている。踊り場の大窓に広がる海の風景は、グラデーションを使用した繊細な色彩のステンドグラスで、これまでハワイ製と言われていたが、2010年の愛媛県の調査(奈良文化財研究所に委託)により木内真太郎の制作と判明した。完成直後の11月22日から24日まで、皇太子摂政宮(昭和天皇)が滞在した。その後も皇族などの滞在場所として度々使用されている。また、当時は社交の場として各界の名士が集まったという。【引用元:wiki

 

近くにある坂の上の雲ミュージアムのついでにくる観光客が多いみたいです。

 

DSC04536

 

ひとつひとつの彫刻や装飾が丁寧に作られています。

 

DSC04561

 

1Fは無料ですが、2Fより先は入場料が必要です。


DSC04545

 

洋風な内装です。ダンスパーティとか社交界に使われたんでしょうね。

 

DSC04546

 

展示物

 

DSC04542

 

ステントグラス、ひとつひとつ模様が違うらしいです。
DSC04553

 

お土産屋さんもあるようです。

 

DSC04556

 

 

DSC04571

 

地元民ですが、一度も行ったことありませんでしたが、行く価値ありますよ。毎年バラ園とかパティーとかあって、愛媛を代表する華やかな施設です。

 


スポンサーリンク